和紙の店 大直 吉祥寺ロフト店にて、和装本製作の講師としてお招きしている 府川次男先生。
和装本の他にも書や拓本の各分野で高い評価を受けてきた一方、ご自身の経歴を「道楽人生」と振り返ります。
府川先生にとっての和装本とは、一体どんなものなのでしょうか。
連載「和装本から広がる府川次男先生の世界」では、学校教諭、社会教育の講師、創作和装本作家としてのそれぞれの顔に迫り、府川先生と先生のつくる和装本の魅力を探っていきます。
第3回では、和装本創作作家としての原点をお伺いしていきます。
本屋さんの目の前にはちょうど公衆電話がありました。スマートフォンや携帯電話のない時代です。その公衆電話ですぐさま山田さんへ電話をかけようとして、万引きと間違われてしまったとのこと。
「それで初めて行ってね。秋葉原の電気店街を訪ね、探しても探しても分からなくて。しょうがない、電話番号がわかってますから、そこで電話したんですよ。公衆電話から。相手の山田さんが『府川さん今どこから電話してる』っていうから、ちょっと周りの風景を見てこういう看板があるよと。そうすると山田さんに『あんたよく見てください。私の店の前から電話してるよ』って言われて(大笑)」
山田さんは製本屋を営んでいました。
「へぇ、素人で製本をやる人がいるんだね、と。山田さんは一番弟子を呼んで、私の目の前で四つ目綴じをこうやって綴じるんだよと見せてくれて。山田さんが本では日本一でしたからね。当時の有名な人の和装本はほとんど山田さんが綴じていた。その人と直接会ってね。しかも、電話で劇的な回合をして、それから仲良くなったんです」
「山田さんとは時々会ったりしてね。僕は何しろ、和装本のことはひと通り本を見ましたから。あとは自分で独創的な本を、と思って。創作ですね。銀座で発表して、山田さんにはいつも面白いものつくるなぁ、と言われて。」
現在(2018年8月)、和装本をつくるための手引書は複数出版されています。しかし、その当時は和装本製作に関する資料はとても少なかったといいます。製本の独学書はどのように入手したのでしょうか。
「書道科の学生の頃、篆刻家(てんこくか*)の先生の授業がありまして。当時同じ杉並に住んでいたものですから、それで遊びに行ったんです。その時、奥様が和装本の壊れたのを全部直していて。それで和装本づくりに夢中になっちゃて。いろいろ教わりましたね」
*篆刻家(てんこくか):木・石・金などに印をほること。その文字に多く篆書(てんしょ)を用いることからいう。篆書は漢字の書体の一つ。(広辞苑、明鏡国語辞典 参照)
恩師の奥様から和装本づくりを直接教わったほか、和装本製作の手引書を入手したエピソードが印象的です。府川先生の著書(*)にはこのように書かれています。篆刻の先生の奥様をとおして、大学の図書館から3日間という期限付きで、門外不出の書を借りることに。コピー機のない時代、上等のカメラを持つ友人に頼んですべてのページを撮影します。それを現像して写真にし、本に仕立てて独学書としたのだそうです。
*府川次男(2003)『はじめての和装本ー身近な道具で作れます』文化出版局
「これはダルマでね。"七ころび八ころび" と言われているものなんです」
七転び八起きは聞いたことがあるけれど、どういう事なのでしょう。
「起き上がることはないんです。そういうダルマを掘ったのです。だからあちこち丸いんです。七転び八起きは色々苦労しても最後は立つという例えもあるんですよね。でも、私のダルマは七転びしても、立とうとしても、立てない。一生立てないので、"七ころび八ころび" なんです」
「だいたい私の講義は講談ですからね。真面目に聞かないように」
詳しく聞こうとしたら、はぐらかされてしまいました。
しかし、このダルマが府川先生の姿勢を物語っているようです。転んで、起き上がれないダルマは、何度転んでも、決して諦めずに立ち上がろうとする。常に挑戦し、努力し続ける。その象徴が "七ころび八ころび" という名前に繋がっているように感じます。
さまざまな種類のダルマが並んでいる。府川先生のコレクションの一部
府川先生の奥さんが「冗談ばっかり言ってるでしょ。どこ行っても。」そう言って笑っています。
府川先生の経歴をみると、教育、書道、拓本、和装本、と厳格な道を歩んできた印象です。しかし、それとは対照的に先生の言葉の中には「道楽」「おもしろい」という言葉がたくさん飛び出してきます。
大直吉祥寺店での講習会では、その時期の年中行事や季節の講話、製本づくりの過程で冗談を交えてお話しくださいます。この講習会に10年以上かよっている生徒さんは、先生のお話しを楽しみに参加されているそうです。
和装本は、製作そのものを楽しむもの。別の趣味やコレクション、ご自身の作品や思い出の品を、より良い形で綴じ込めるもの。そして、再びひらけば、思い出や記憶を分かち合う良きパートナーになってくれます。
取材の最後、府川先生はご自宅の水琴窟の音を聞かせてくださいました。最近、凝っているものだそうです。電源を入れると二重になった水瓶の内側から水が溢れ、ピチョン、ピチョンと涼しげな音が静かに響いてきました。
「これが一番綺麗な音でね」府川先生は熱心に、そして楽しそうに説明してくださいました。
何かに熱中し、それを誰かと分かち合う。府川先生にとって、それはとても自然なことで、和装本づくりや書、拓本などすべての根本にあるように感じました。
(おしまい)